長谷整形外科クリニック
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記事一覧

読書日誌その8

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諸国畸人伝
著者:石川 淳
出版社:中央公論新社 (2005/09)

 先週末に松江を訪う所用があった。10年と少し前、私は整形外科の研修医として松江で数年を過ごした。その間に結婚をし、初めての子供をもうけた。そのように人生の濃厚な時期を過ごした土地の懐かしい人々に会うのは、少し面映くもあるがやはり楽しい。
 今回は飛行機で出雲に降りた。中国山地を越えた飛行機は徐々に高度を下げて、宍道湖上を東から西へ舐めるようにして着陸した。月並みであるが、松江と言えばやはり宍道湖であると私は信じているので、飛行機がこの方向から着陸してくれる時はなんだかえらく得をした気分になる。
 そして宍道湖と言えばやはりその夕景であり、それを描いた文章の第一は石川淳の諸国畸人伝中、小林如泥の末尾である。「湖畔の、このあたりに立つて、宍道湖に於て見るべきものはただ一つしか無い。荘麗なる落日のけしきである。そして、これのみが決して見のがすことのできない宍道湖の自然である。雲はあかあかと燃え、日輪は大きく隅もなくかがやき、太いするどい光の束をはなつて、やがて薄墨をながしかける空のかなたに、烈火を吹きあげ、炎のままに水に沈んで行く。」多くの文章読本にも取り上げられたこの名文を措いて、宍道湖の夕景を形容するのは無粋であろう。
 今回は急ぎ旅だったので、落日を楽しむ時間がなかったことは心残りであった。次に宍道湖を見るのはいつになるだろうか。
  


  • 2010年03月23日(火)23時13分

音楽雑感その1

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Bob Dylan and his band
Osaka, Japan
Zepp Osaka
March 13, 2010

Set List
1. Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again
2. The Man In Me
3. I'll Be Your Baby Tonight
4. Love Sick
5. Rollin' And Tumblin'
6. The Lonesome Death Of Hattie Carroll
7. Tweedle Dee & Tweedle Dum
8. I Don't Believe You (She Acts Like We Never Have Met)
9. Ballad Of Hollis Brown
10. Shelter From The Storm
11. Highway 61 Revisited
12. Not Dark Yet
13. Thunder On The Mountain
14. Ballad Of A Thin Man
15. Like A Rolling Stone
16. Jolene
17. All Along The Watchtower

 大阪ZEPPでボブ・ディランを見に行ってきた。最近は絶えてライブなど行ったことがなかったのだが、ディランのクラブツアーでは見に行かざるを得ない。
 "Oh, but you who philosophize disgrace and criticize all fears, Bury the rag deep in your face, For now's the time for your tears." 大学生の時に初めてディランを聞いて、ポピュラー音楽にもこういう歌詞があるのにえらく感動した覚えがあるが、今回はそれを生で、しかも数mの距離で聞くことができた。肌が粟立つのを禁じ得ない、という場面が何度もあった。
 至福の2時間であったが、さて、次にこういう体験を出来るのは何を見に行った時になるだろう。今はちょっと思い当たらない。


  • 2010年03月16日(火)22時29分

読書日誌その7

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竹島御免状
著者:荒山 徹
出版社:角川書店(2010/2/27)

 以前に司馬遼太郎を小学生の時に知ったと書いたが、山田風太郎を知ったのは中学生の時である。ちょうど「魔界転生」が映画になってその原作を読んでみたのだが、初めて「一読巻措く適わず」という体験をした。まあ今から考えると、あからさまな性描写もあったりして、中学生の読書としていささか問題はあったのだが。
 その山田風太郎亡き後、伝奇小説の第一人者である荒山徹の最新作には「魔界転生」や「甲賀忍法帳」あるいは五味康祐の「柳生武芸帳」へのオマージュとパロディーがちりばめられている。ちょっと内輪ネタ過ぎて苦笑するしかない部分もあるが、300ページ強を一気に読ませる構成力は風太郎伝奇の衣鉢を継ぐものの名に恥じない。現実逃避にはもってこいである。
 巷間の読書論ではこういう小説はあまりお勧めでないようだが、新刊が出るとつい手に取ってしまう。中学生時代に刷り込まれた講談趣味というのはなかなかに抜けきらないもののようだ。


  • 2010年03月11日(木)15時31分

文献所感その2

Assessment: Symptomatic treatment for muscle cramps (an evidence-based review): Report of the Therapeutics and Technology Assessment Subcommittee of the American Academy of Neurology.
Katzberg HD et al.
Neurology. 2010 Feb 23;74(8):691-6.

「夜になると脚がつるのだが、何かよい治療はないのか?」という悩みをお持ちの患者さんは多い。いわゆるこむら返りというもので、私自身も経験があるが、寝ている時に突然ふくらはぎや足の中の筋肉を掴み上げられるような痛みに襲われて、とても眠っていられなくなる。患者さんによってはこの症状のため不眠に陥ってしまうこともあり、なかなか厄介な病態である。
運動のし過ぎや脱水によるものから複雑な神経疾患に伴うものまで、原因はさまざまであり、根本的な治療法は未だ確立されていない。アメリカ発の本論文ではマラリアの治療薬であるキニーネの効き目を論じている。日本ではあまり聞かないが、アメリカでは1930年代から使われていたようで、一定の効果はあるものの、副作用の懸念から日常的に使うべき治療ではないという結論となった。
さすがにキニーネを使おうという気にはならないが、日常の臨床で最もよく使うのは芍薬甘草湯である。ふだん漢方薬を第1選択に使うことはあまりないのだが、この病態に限っては西洋医学の薬よりもよく効くことは確かである。先だっての事業仕分けで漢方薬が保険適応から外されそうになったが、なんとも臨床の現場を知らない人たちのやることであるなあと憤懣やるかたなかった。
ただそれでも全ての症例に芍薬甘草湯が効く訳ではない。こむら返りは直接生命に関わる病態ではないから、あまり研究が進まないのであろうが、将来的にはさらに的確な治療薬が開発されることを願いたいものである。


  • 2010年03月01日(月)23時36分

読書日誌その6

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フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論
著者:ヘンリー・ペトロスキー
出版社: 平凡社 (2010/1/9)

最近書店でふと見かけて、題名を見ただけで衝動買いしてしまった1冊である。しかし実は以前から有名な著作の復刊であり、東大の教官が新入生に勧める書物の一つだということを後から知った。
身の周りにある品々の例をふんだんに引いて、主張するところはシンプルである。実用品のデザインは不具合や失敗に導かれて進化してきたと言う。あちこちの書評でこれは斬新な視点とされているが、実際の現場から考えると、これはむしろ至極当然な主張であろう。機能の要求を満たすようにデザインが決められていくと考える方が非現実的というものであって、著者の主張はさほど新規とするには当たらないようにも思う。
ところである物を手にした時に不具合を感じたら、本書の主張のようにそれを改良していくという対処もあるのだが、一方、自分の方を適応させてしまうという対処もあるだろう。後者について本書ではあまり触れられていないが、我々日本人はむしろ後者の方が得手であるような気がする。手術の現場を見ていると、西欧の医者は徹底して自分流の手術器械を作って行くのだが、日本の医者は手持ちの道具を器用に使って手術を完遂してしまう傾向がある。どちらがよいという問題ではないが、手の適応力も道具の発達に大きく関わる因子の一つに数えるべきであろう。


  • 2010年02月22日(月)00時19分

文献所感その1

Glucosamine, chondroitin sulfate, and the two in combination for painful knee osteoarthritis.
Clegg DO et al.
N Engl J Med. 2006 Feb 23;354(8):795-808.

 「新聞やテレビで最近よく宣伝している軟骨成分入りの飲み薬は効くんですか?」どこの整形外科外来でもよく出てくる話題の筆頭であろう。この質問に対し、私は決して肯定的な答えをしていない。
 コンドロイチンやグルコサミンをキーワードに文献検索をしてみると数えきれないほどの論文が検索されてくるが、製薬会社などのスポンサーがついている論文が多いので、全ての結果を鵜呑みにはできない。表題の論文は数年前にNew England Journal of Medicineに発表されたもので、NIHの予算による研究の発表であり、その他のスポンサーはついていないことになっているので、一応は信頼できるものと考えている。その結論として、グルコサミンあるいはコンドロイチン硫酸は、単独あるいはその混合物でも変形性関節症の痛みを減じることはなかったというものであった。
 そもそも何かの成分が自分の身体に足りない、あるいは失われつつあるという場合に、その成分を食べて補えばよいというのは至極分かりやすい発想であり、古くは呪術医の時代から行われている治療法でもある。現代でも確かに、貧血に対しては鉄剤の処方をするし、骨粗鬆症の人には牛乳などでカルシウムを補うようにしてもらう。関節軟骨がすり減ってきたら軟骨成分を食べて補えばよいのです、とその伝で宣伝されたら、つい受け入れてしまいたくもなる。
 しかし全ての身体成分を口から食べて補える訳ではない。軟骨成分について考えると、グルコサミンやコンドロイチン硫酸は、高分子状態でこそ水分子をたくさん結合して軟骨にクッション性を与えるが、腸で吸収される前に胃酸で分解されて低分子の状態になってしまうのではないか。また、高分子のままで吸収されることがあっても、軟骨に到達するためには血流に乗らねばならないのだが、残念ながら関節軟骨には血管が分布していない。
 痛みを減らすという点については、データの取り方によっては「効く」という発表が今後もあるかも知れない。しかし吸収過程と関節軟骨への到達という問題が合理的に説明されない限り、私は外来の現場で自信を持って「効きますよ、高くても買って飲むといいですよ」とは言えないのである。


  • 2010年02月09日(火)00時54分

読書日誌その5

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長安の春 (東洋文庫91)
著者:石田 幹之助
出版社: 平凡社 (1967/05)

 「陰暦正月の元旦、群卿百寮の朝賀と共に長安の春は暦の上には立つけれども、元宵観燈の節句の頃までは大唐の都の春色もまだ浅い」。名文「長安の春」は圧倒的な美文で始まり、その格調の高さは文末まで全く揺るぐことがない。
 「漢の武帝の天漢二年秋九月、騎都尉李陵は歩卒五千を率い、辺塞遮虜鄣を発して北へ向かった」。これも名高い名文、中島敦「李陵」であるが、漢語に満ちた文章のリズムには陶然として人を酔わせるものがある。
 最近は日本語教育ブームで、このような文を声に出して読もうという本が売れたり、教育番組ではラップもどきの音楽にして子供に歌わせている。美しい日本語に出会う機会がないよりは確かにいいので、そういう風潮も由無しとはしないのだが、あまりに皮相的な扱いに釈然としないものを感じる。言うまでもなくこれらの文章の背後にあるのは数多の漢籍への深い造詣であって、意味も分からず暗唱しても何の役にも立たないのではないか。
 近代日本の教養が失った最たるものは漢文を読み書きする能力であると誰かが言っていたが、至言であると思う。明治やその前の時代に比べ、学問全体があまりにも広大になりすぎたため、そこまで教育の手が届かないのは仕方ないのかも知れない。それでも捨て去るには惜しいものだと思う。「長安の春」を熟読玩味できるような学生を育てる教育はもうできないものであろうか。


  • 2010年02月02日(火)15時08分

読書日誌その4

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「明治」という国家
著者:司馬 遼太郎
出版社: 日本放送出版協会 (1989/09)

司馬遼太郎を初めて知ったのは小学生の時である。そう書くと何だかませた子供だったと言っているようだが、そうではなくて、何の授業であったが忘れたが、担任の先生が「坂の上の雲」を朗読して聞かせてくれたのだ。司馬の文章は、例のリズム感によって小学生の頭にもよどみなく入ってきて、明治草創期の情景を浮かび上がらせた。40歳を過ぎた現在では「空海の風景」が一番好きだが、それでも幕末から明治期を扱った一連の司馬作品を時々ぱらりと開いて読むことがある。
ちょうど昨年末から「坂の上の雲」のドラマが始まったが、久しぶりに手に取ったのは「明治という国家」だった。現在の日本の規模からするとお話にもならないような小さな国が、あまたの綺羅星のような才能の活躍によって、なんとか欧米列強に比肩する国に成長していく過程である明治という時代はやはり面白い。たとえ軍備費が国家予算の半分にあたるような無茶をしても、前向きに発展していく時代にあっては国民の眼は輝いていたのではないだろうか。
それにひきかえ、とどうしても現代という時代を思ってしまう。明らかに政治も経済も後退局面に入ってしまい、出口のない閉塞感に苛まれる日本は、いつかまた坂の上に雲を見いだすことが出来るのだろうか。


  • 2010年01月26日(火)08時01分

読書日誌その3

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In Search of the Lost Cord: Solving the Mystery of Spinal Cord Regeneration
著者:Luba Vikhanski
出版社: Joseph Henry Pr (2001/10/15)

今から10年ほど前、前期後期の整形外科研修を終えて、大学院に進学することになった。研究テーマは「脊髄損傷とその再生治療」。基礎医学系の脳科学教室に研究の相談に行ったら、そのまま4年間居候させて頂けることになった。その間、脳科学の一端を覗き見たことで、随分と医学に対する視野が広がったような気がする。
さて本書は脊髄再生の様々の試みを一般向けにまとめたもので、出版が少し古いためマクロファージ活性化療法の治験が始まるところで終わっているが、ちょうど私が大学院生であった頃の学会の状況が反映されていて、当事者気分で読めた。
本書の出版当時から、「中枢神経を再生する」という触れ込みで登場する新治療法は後を絶たない。古いところでは末梢神経や胎児組織を使った移植治療、それに続いてマクロファージや嗅上皮細胞の移植が試され、最近ではiPS細胞が有力視されている。
これらの手法が動物実験ではそこそこの成果を挙げているのに、実際の臨床ではいまだに損傷脊髄を再生させるに至っていないのはなぜか。大学院生の私が実験を通じてつくづく感じていたのは、中枢神経の神経結合はあまりにも精緻で、現代科学でもそれを再現しきれない、ということである。中枢神経の損傷部にいくら分化能をもった細胞をばらまいても、それが神経結合を勝手に再現してくれるというのはあまりに楽天的な戦略なのではないか。
中枢神経の再生を狙うならば、もっと基礎的なところから、例えば再生軸索はどのように伸びていくのか、その細胞内シグナルはどうなっているのか、というところから考えないといけないだろう。しかしそういう地味な研究にはあまり予算がつかず、いきなりiPS細胞を移植します、という分かりやすい応用にばかり予算がつくところに日本の科学行政の問題があると言える。


  • 2010年01月19日(火)07時32分

読書日誌その2

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Wordplay: The Philosophy, Art, and Science of Ambigrams
著者:John Langdon
出版社:Broadway; Reprint版 (2005/11/8)

クリニックを開院するにあたって、シンボルマークを作る方がいいと教えて頂いた。デザインサンプルを見ると、名字のアルファベットの頭文字をデフォルメしたり、整形外科だからと骨のマークだったりするのだが、そういうよくあるマークは避けたいと思った。
その頃たまたまネットで映画「天使と悪魔」の予告編を見た。この映画に出てくるアンビグラムというマークは、上下や左右を反転しても同じ形になるようにアルファベットをデザインしたものである。随分前に読んだ「天使と悪魔」の原作ペーパーバックの巻末に、アンビグラムのデザイナーJohn Langdonの紹介が書いてあったことを思い出した。
そこで彼の書いたWordplayというアンビグラムの教科書を手に入れて読んでみた。特に面白いのは初心者向けにアンビグラムの作り方を解説している部分である。ところが、これを読んでやってみても、そう簡単にはアンビグラムは作れない。やはりこういう局面では母国語をアルファベット表記している人とそうでない人には根源的な差が生じるのだろうか。
クリニックのマークを決める期限が迫ってきて困ったので、思い切ってJohn Langdon本人にメールで連絡してみた。個人クリニックの小さい仕事の依頼は無視されるかもなと思っていたが、すぐにOKの返事が来て、何回かやり取りして現在のアンビグラムマークが出来上がった。
大変気に入ってしまって、コースターにプリントしてノベルティグッズを作ったり、このホームページでも回転させて表示したり、少しお遊びが過ぎてしまったかもしれない。


  • 2010年01月12日(火)06時20分
 
 
 
 
 
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